Right to Light

陽ととなり

なにが欠けてるか教えてよ

○今から記すことは言い訳だ。行動しなかった自分への、あるいは想いに従ったままの自分への言い訳。こうして残すことで何かを成した気になりたい。詰まるところいつものこと。

 

○やろうと思ったいたことなに一つ出来ちゃいない。掃除をしようと思っていたし本を処分しようと思っていたし手紙を書こうと思っていた。自分が嫌になる。これが本質、人に見られていないと自分を律することは難しい。基本的な家事も満足にできなくなって一日が終わる。哀しいな。できないことが目の前にあると自分が本当に孤独で無力で脆弱な人間だと思い詰まされる。私の抱える数少ない楽しみはどれも期限付きで次期に失われていくことと、それと並行して物事を楽しむキャパシティ自体が日毎に小さくなっていることを自覚して欲しい。諦めることは考えていたよりずっと難しかった。これもまた自分の器量を理解していない浅はかさと言える。これまでは自分で選び取った境遇だったが今は形の見えないなにかに押し込められている気分だ。鬱鬱としてくる。家が狭くなっていく。こうして感じる私の感傷もただのよくある染みなのだと知るといよいよ自分が持っているものがわからなくなる。認めてほしい、褒めて欲しい、どれも不健全な想いしか齎さない時期に来ているのだ。私は、気分が悪い。

 

○今日は醤油のストックがあるのに醤油を買ってしまってへこんだ。

 

○手紙も思うほど筆が乗らない。なんだってそうだ。じゃない時をしている時ほど夢想も捗るというもの。必死になって頭から追い出そうとしたのが2年前、そこからその上に立って生きると決めたけど因果は絡んで解けないまま時が過ぎていく。去っていった人で1年が数えられる。楽しかった人、惜しい人、そうじゃない人、誰も彼も去っていったのには私に原因がある。そう納得させたのは良いこと?悪いこと?いつだって私は楽しく在りたい。母が教えてくれたように、過去は今とを繋ぐ想い出として、未来に期待を馳せて。準備が出来たらとりあえず動くだけやってみたらいい。どっちに転んでも私は選び取った価値を持てる。躁。