〇10代20代前半の僕ならまだしも、この歳になって他人にこんなに会いたくなるとは思わなかった。1週間くらい会わなくても全然余裕だと思っていた。けれど今の僕はもうとてつもなく寂しさにこてんぱんにやられ、早く会いたいばかりが先行してしまっている。不思議とそんな僕を俯瞰している自分もいて、「年相応の落ち着きを持つべし」と腕組みをしてこちらを睨んでくる。もっともな考えだ。焦りは良くなくて寂しさを埋めるためだけに他人を使うなど以ての外だ。けれど、その考えが正しいのだとしたら僕の今抱えるこの感情はどこへ向かうのだろう。行く先のないものはなんであれいずれ風化し錆びていく。温かく脈打つこの鳴動を、僕は錆びつかせてしまいたくない。
〇彼はどうしてなにも話さないのだろう。前に一度黙って遠くを見ている彼に尋ねたことがある。曰く「考え事をしていた」と。その時は「そうなんだ」で終わらせてしまったが今の私なら「何を考えているの」と尋ねるであろう。彼はなんと応えるだろうか。もしかしたら本当はなにも考えていなくて私との沈黙をきまずく思っているのかもしれない。思うに、黙っている人が考え事をしている場合とそうでない場合はどう見分けたらいいのだろう。尋ねてもわからない、シュレーディンガーの考える人。そんなことを考えていたら彼が口を開いた。「あなたは僕のことが好きですか?」「好きだったけど、今は好きになろうと努力しているところです」たった数瞬のこの問答は、私達の今の距離感を的確に現している感じがした。尋ねることに憚りはないがどこか他人行儀な距離、即ち、言葉と実距離の乖離。うーん、正解のないことを考えることは難しい。私は今、考える人だ。
〇彼女からもらったその応えに僕は大きな落胆と少しの納得を覚えた。愛の気持ちがどちらか一方に偏る時、世の恋人たちはどのようにして僕が抱えているような不安を打ち消しているのだろうか。それとも誰しもが不安を抱えて行き先のない気持ちを浮つかせてなんともない顔をしているのだろうか。考えても答えは出ない。なら考える必要があるのだろうか。僕たちはもっともっと話をする必要がある。彼女がくれた応えに僕の気持ちがついてくるまで。彼女に真っ直ぐ好きと言って貰えるまで。だって、エスカレーターに乗る時彼女は僕と一段間隔をあけるのだから。
