Right to Light

陽に当たっていたい22歳とその日

恋をするなら金曜日

金曜日は良い。それが夜なら特に良い。さらに夏だと特に良い。週末という開放感に夜という高揚、夏というシチュエーション、そこに素敵な相手を加えれば、それだけで大切な思い出ができる。トマトスライスとモッツァレラにオリーブオイルをかけた様に完璧だ。恋をするなら金曜日。それは恋のはじまりの前提としてあるべきだ。高らかに提唱したい。この世の全ての一歩を踏み出す勇気を持て余している皆さん!恋をするなら金曜日!

 

はじまりには何か特別なものを持たせたい。後に今を振り返った時に、スペシャルな気分になる様に。2人の馴れ初めを話す時に、「あそこからはじまったんだよね」と言える様に。金曜日が一番だがそれが難しいなら、例えば休みが月火の人とか度重なる労働で曜日の概念が消失している人とか、そういう人達はまた何か別のはじまりを持って欲しい。「はじまりは夕方のコメディを観ている時にかかってきた電話だったよね。」「はじまりは波の音を聴いている時だったよね。あの時魚が跳ねたんだよね。」2人だけの特別なはじまりを。恋だけに言ったことじゃない。はじまりの特別さが人を次の高みへ連れて行ってくれる。何気ない優しさに気付かせてくれる。認め許す尊さをいつまでも心の中心に置いてくれる。生きるのに必要なのは、いつだってそういう特別さだった。

 

はじまりに特別なものを持たせたい。だからまだはじまっていない人は、生活の全てがその特別になり得るのだ。なんとワクワクに溢れた毎日だろう!注意深くならなければいけない。はじまりを掴んだ時に特別さを見逃さないように。「晴れなのに雷が鳴っていた日」かもしれない。「衣替えしてお気に入りの赤いシャツを着た日」かもしれない。「普段は食べないコーヒーゼリーを買った時」かもしれない。見方を変えれば、生活ははじまりに溢れている。

 

だから恋をするなら金曜日なのだ。

 

そうこうしている内に夜は更け土曜になってしまう。夏も終わりだ。涼しい風が吹いている。寝苦しさは暑さのせいだけじゃなかった。また金曜日が終わる。橋を渡り池を歩いても駄目だった。海を見れば魚が跳ねる。次はいつ予感を見るのだろう。僕は言葉を失くしてしまったらしいから、言葉に意味を持たせる資格がないと思うから、はじまりを探すに甘んじてその先を見ることができない。でもこうして意味など無くても何かを残すことが出来た日だけ、なぜかよく眠れるのだ。

 

一番最初は「お別れ」だった。

それでも、私は病んでる方が好きかもしれない

定期的に訳のわからないことを言える人間でありたいと思う。突拍子もなく意味もない、しかし頭に残るようなことを言うにはどうしたらよいか。まず本を読む。文章からそのエッセンスを吸収すれば何かしらの勢いはつくだろう。ただ僕にとって難しいのは「本を読む」という行為自体を最近しなくなってきたことだ。ただの文字ではない「読ませる為の文字」は今の生活にまったくなく、買った本は積まれていくばかり。ウェルテルはいつまでも苦悩しないしティファニーで朝食は食べれそうもない。こんなことじゃいけないなぁと思いつつも手はスマホに伸びる。まったく、いけないなぁ。

 

本を読むことはしなくても、今ある僕のユーモアでなんとか気分を保っているところだ。今までどんな風に笑って、また笑わせていたのかは思い出せないが、その場その場でなんとか明るくしようとしているところだ。でないと口から出る言葉は暗いものばかり。正直口を開けばその度に病みそうだ。暗くなるのは嫌だし周りにそんな風に思われるのも嫌だ。だから、今まで通りいて欲しい。寂しい時に少しだけ構ってくれ。人のことを考えるのを止めるのは駄目だ。自分の思考の中に他人を入れるからこその人間だ。それが誠実さだし人間らしさの一端だ。態度にムカついたり思い通りにならないことに失望したり、このことに気付いて久し振りに自分の人間らしさを取り戻した様な気がする。部屋はいつまでたっても片付かないしあの娘の態度はやっぱり変わらず僕はいつまでも特別になれそうにない。お金だってない。

 

落ち込むこともある。自分でも分かる程に気分の浮き沈みが激しいし、人によって態度も変わる。でも今はそれでいいと思ってるし面倒くさがられたとしても「すまんねははは」で、どうか許してくれ。

 

とにかく人間らしくいたいのだ。僕らしく今までのように。そのきっかけを少し手に入れたような気がする。このまま突き進んで行けば、僕はかつての栄光を取り戻しアイデンティティに溢れそれは血流に乗り全身を駆け巡る。身体と思考は活性化し足取り軽く街を歩き知己とロマンに満ちた名文を生み出すだろう。そして愛を知り愛に生き太陽と踊り月と歌う。なんと素晴らしいことだろうか!

 

それが生きるということだ。他人に揺さぶられその都度自分の中心を確かめる、それが僕の生き方なのかもしれない。友情に愛情、敬愛、承認欲求、恨みに妬み、感情に振り回され一喜一憂、それが良いと思う。感情がいつもフラットでいるより、その方が好きだと思う。

入った会社を4ヶ月で辞めた

なんてことはない。すべてはタイトルの通りである。人並みに苦労し掴んだ内定にこれからの人生の希望を見出していた頃から4ヶ月、僕は何をしていたのだろう。今はこうして自分でも分かる程の死んだ表情で文字を綴る。当時の感情とかは思い出すのも文字にするのも難しいし煩わしいので覚えている範囲で書く。「あの時ああしておけば!」「ここがダメだった!」は、もう他の所で書いてあるのでここでは省く。もちろん反省がない訳ではない。ただ、こういう事実があったのだと、自分が納得のいくまで残しておくことが今必要だと感じる。

 

4月、オリエンテーションで代表として決意表明をさせてもらった。組織の一員として努力しますとかご指導ご鞭撻をよろしくとか、そういう当たり障りのないことをスピーチした。実際その通りの意識を持ち合わせていたし代表に選ばれたことへの期待に応えなければという思いでいっぱいだった。スピーチは褒めてもらった。ますます頑張らなくては。自信はまさに決意として一層固く強まった。

 

その後配属が決まった。上司曰く新卒で一番ハードな部署だった。そこでの仕事が嫌だったとか辛かったとか、今となっては何の思いもない。ただそこで僕は精神的にやられた。誤解の無いように言うと、先輩はみなさんとても良い人で、人間関係に問題はなかった。と思う。一方で、片付かない仕事量、迫る締め切り、孤独さと疎外感(これは僕が勝手に感じていただけかもしれないが)、とにかく、中高大と積み上げてきた僕の自信と決意表明の時に持ち合わせていたやる気をすり潰すには充分なストレスと疲労だった。朝早く家を出て夜遅くに帰る。母は寝ずに夕食を用意していてくれたし本当に有り難かった。しかしそれもいつもではなく、自然家族と関わる時間は減り、風呂と寝る為に家に帰る生活になっていった。家に着けば風呂に入りご飯を食べそのまま眠る。そして朝になればまた家を出る。気分を切り替えるヒマもなく日々が過ぎて行った。社会人とはこういうものだと自分を納得させている一方で、この生活がこれから続くことへの激しい拒絶の思いが常に頭に渦巻いていた。そして2ヶ月経ったある時に、職場に入れなくなった。「またここに入ると夜まで出てこれない」頭がその思いで一杯になり、脚が固まった。

 

その場で上司に電話し、面談することになった。自分の現状をなんとか話し、精神が参っているとのことで心理士の方のカウンセリングを受けた。そこで、もう今の部署で続けていくことは難しいということで、配置転換を受けた。6月、異例の異動であったらしい。

 

新しい部署は比較的落ち着いた場所だった。改めての自己紹介があったり僕用に新しくデスクを用意してもらったり、そこで何とか続けていければという思いであった。異動をしたからには必ず役に立ってみせると、一度折れた心にも微かなやる気が湧いていたのを覚えている。仕事も多いが時間に追われることもない。先輩達との関係もいい。前よりは早く家に帰れる。環境は劇的に変わった。環境は。

 

しかし僕の気持ちはあまり変わらなかった。もう一度トライさせてもらえた感謝と必ず続けてみせるという思いとは別に、いつも胸に渦巻くものを感じていた。それは異動したことの負い目、多くの人に迷惑をかけてしまった罪悪感、途中で諦めた自分の情けなさ。今書くだけでも気が滅入るような感情が職場にいる間ずっと続いていた。6月終わり、この頃から涙腺がバグり出し仕事中に涙が溢れるようになる。カウンセリングでは前職への負い目が負担になって、軽い鬱手前の症状が出ていたらしい(鬱ではない)。壊れたままの涙腺を抱え7月に入る。集中していれば、なんてことはない辛い仕事ではなく捌き切れる量で、わからないことはなんでもすぐ教えてもらえる、それでもふとした拍子に、「俺はどうしてここにいるのか」「どうして前の仕事を続けられなかったのか」「いることでまた迷惑をかけているのではないか」「よく思われているはずがない」負の感情が湧き上がる。考え出すと止まらない。軽い人間不信に陥っていたのではと自分で思う。実際は当然そんなことはない。誰も皆さん信用と尊敬に足る方々であったし、直接的に悪い態度を取られた訳ではない。それでも、それでもだ。考え出すと止まらなかった。自分でも抑えられず、また職場に行けなくなった。7月も終わりが見えた頃だった。

 

そしてほんの数日前のカウンセリングの時だった。心理士の先生にも難しい場面だと言われた。今の状態のまま働き続けることは難しい。いちばん避けるべきことは、その心理状態に病名がつくことだと言われた。病気になった時、手続き上は休職の措置が取れる。しかし、休職はあくまで復帰を前提とした措置であった。障害の原因が仕事の辛さや人間関係といったある程度動かせる外部のものではなく、負い目、人目、罪悪感という個人(僕)の精神要因では、休職してカウンセリングと心療内科の受診をしたとしても、復帰後に元の精神状態に戻っている保証がない。それどころか、その休職が更にプレッシャーになって、今度こそダメになるかもしれない。それは避けなければならないので休職を勧めることは難しい、とのことだった。上司からも、事務的な手続きとして休職もなしのこれ以上の欠勤は経歴に傷がつくことになる、それは避けてほしいと言われた。こうして事実上の二択を提示された。今(明日)から復帰するか退職するか、である。決断を迫られた。

 

その時には内心もうどちらにするか決まっていたと思う。このままズルズルと今の状態のまま休んでも自分が苦しいし思いも腐っていく。休んだとしても復帰する時に元気でいける自信もない。これ以上迷惑と心配をかける訳にはいかないし、苦悩とも呼べる今の状態から解放されたかった。こうして7月末、退職することになった。

 

当面はとにかく動いていたいしお金を作らなければならない。有難いことに大学時代のバイト先にまた戻して頂けたので、そこでバイトをしつつ落ち着いたら就活をしようと思う。

これが今後の動きの話。

 

そして気持ちの話

僕自身これでよかったのだと思っている。心残りは当然ある。不安もいっぱいある。仕事はともかく、同期の人達ともっと仲良くなりたかったし残せたものもきっとあった。もう少し気持ちが強く持てていたら、また違っていたかもしれない。また就活にも苦しむだろう。次の場所が見つかったとしても、また潰れてしまうかもしれない。

でも、これで良かったと思う。今後の不安を除けば、あと朝と夜に少し不安定な気分になることを除けば、気持ちもすっきりしている。生きることにも前向きだ。だから、これで良かったし、僕は大丈夫だ。

 

これまでのことを無かったことにはしない。良い勉強になった。自分の限界も知ることが出来た。今回のことで、見えてくることもきっとあるはずだ。人生は巡り合わせで回っていく。これがきっと良い方に向かっていく。そう思える人生を。それが今の志。

夏の恋を求めて

今日更新しないと死ぬ。というのはもちろん冗談で、だけどそれほどの衝動に駆られる夜がある。目的なんて何も無く、書きたいことがある訳でもなく、ただ今日を生きた痕跡を残す為にブログを書く。生を残さない日は死だ。そういう意味では、この1ヶ月は死んでいたのかもしれない。振り返れば為すべきこともなく、成したこともなく、ひたすらにやってくる日々に忙殺された1ヶ月だった。僕はこんな生活をするはずだったのだろうか。少なくとも今より希望に溢れていた数ヶ月前の僕は、今の僕を見てなんと言うだろうか。なんと思うだろうか。恐らく「お前また懲りずに善人面してんな」とか「お前なんて俺じゃねぇぜ、ケッ」とか愛想を尽かされ悪態を突かれるだろう。"忙中閑あり閑中忙あり"というが、"忙"しかない。自分と思考を殺される程の"忙"しかない。穏やかな心持ちになったことなど一時もない。夢見心地はおろか、夢すら見ない。"忙"しかない。何度でも言う。"忙"しかない。

 

恋がしたい。朝日と共に殺される日々を送るには、恋が必要だ。想いの強さが明日を生きる糧になる。小学生の様な気恥ずかしさと、中学生の様な落ち着きの無さを抱えながら、高校生の様な親しみやすさと大学生の様な穏やかさを持って恋をしたい。出来るならそこに大人の冷静さと真剣さを加えたい。そんな恋がしたい。するとまた数ヶ月前の僕は忙殺されリビングデッドと化した僕に言うだろう。「お前はまたそうやってしたいしたいが先行して願望に溺れていることに気付いていない」

 

まさしくその通りだ。

 

死臭漂う今の僕に、華やかな色はないのである。人生からもすっかり色は抜けきって、あるのは黒と灰色と白である。ならばその3色でとなんとか色彩を考えてみても、既にバグった脳みそにそんな高尚なセンスは一切なく、脳細胞は灰色はおろか黒く淀み、唯一の白にもところどころに染みがある。お世辞にも綺麗とは言えないライフキャンバスだ。

 

好きな人ができたところで、こんな腐りかけた腕では抱きしめることもできない。この僕に出来ることなど何一つない思いである。気付いてもらおうと好意をだだ漏れにしたり、振り向いてもらおうと躍起になったり、理想になろうと努力したり、恋の楽しみを得られるのは、全ては生きていればこそなのだ。右目が塞がったこの僕には到底叶わぬ話だ。生きていない。死んでいないだけで、生きていない。今の僕には資格すらない。

 

それでも僕は恋がしたい。染みを拭った白を以って、生き返らなければならない。誠実の中に身を置いて、正しさの白に個性の色を加えなければならない。過去には戻れない。かつてのようにはなれない。進化を以って過去を克服しなければならない。全ては恋をするために。身体を貫いた心臓の杭は、引き抜いて僕を殺した奴等に突き刺してやればいい。恋は正義だ。許される。

 

衝動を大事に、誠実さと冷たさを持って少しの復讐心を抱えて、僕は夏の恋を求める。

圧殺

自分の選択が正しいのか正しくないのかなどわからない」「選んだ道を、ただ後悔しないように生きていくのだ

ほんの数年前の、まだ青春に身を置き、恋と勉強に明け暮れた10代の僕は、本気でそう思っていた。大きな選択の後にどんな未来が待っていようと、それも運命として生きていこうと、自分は生きていけるだろうと、本気でそう思っていた。10代の僕はその考えが間違っているとは思っていなかったし、そこに正しさは必要なかった。ただ自分の人生の中心に僕が居ればいい、それが生きることだと考えていた。僕は世界の中心だった。僕は生きる為に世界を回していた。自分の望みを叶える為に、人の役に立つ為に、あの娘の笑顔を見る為に、この右足を軸にくるりとターンしてみれば、それだけで世界が動いた。そんな若者だった。

 

20を過ぎても、僕は世界を回していた。それこそ人目も憚らず、回したい時に回したいだけ、踊れば踊るほど、世界は輝いた。生きることに充足していたしそれがまた輝きを増し、選択することを恐れず全て運命だと受け入れることが出来た。それが僕の価値だった。今もあの頃と変わらない。僕は何一つ変わっていない。選択に後悔したことはないし運命論者は僕を救う。それでも今の生活が暗く思えるのは、どうしてだろう。

 

自分の選んだ道を、後悔したくないからこそ必死にもがくのに、もがけばもがくほどに、孤独感は増し虚無感に侵される。今にも落ちてきそうな灰色の空の下で、自分は何をしているのだろうとずっともがき続けている。最近ではもう何の為に動いているかもわからなくなってきた。目的も役割もない人間に世界が回せるか。今の僕には居場所がない気がしてならない。結局僕の居場所は僕の世界にしかなかった。外に用意してもらった居場所は、僕の選択のおかげで失くなってしまったようだから。その場所に居た過去の僕が、本当に僕だったのかすらあやふやだ。僕はどこの誰でもなくなってしまった。名前も顔も、どれが自分のものかもわからなくなってしまった。

 

後悔しない選択はできる。した選択を後悔しないものに努力することもできる。10代の僕はここまでは理解していた。しかし考えが及んでいなかったのは、した選択に努力が及ばない時、それに苦しめられることがあるということだった。誰のせいでもない、自分のせいでもない得体の知れない感覚が世界を蝕み殺す。努力は万能じゃない。交通事故と同じだ。いくら自分が気を張っていようと、他者の行動一つで全てが終わる。あまりにも現実的で精神的で過酷な毎日だ。何を頼りにすればいいかもわからない、自分すらどこにいるかもわからない毎日で、どうして世界が動かせよう。選択する前の僕に言いたい。希望を持つな、この選択はどっちに転んでも苦痛だと。

水底に臥すこのこころを嘆くとて

久しぶりにバイト先に顔を出して話をしてきた。バイトを辞めてからしばらく経つがそこで話をする僕は間違いなく働いていた頃と変わらない僕で出てくる言葉も当時のままだった。近況を少し話す内に、僕も変わってしまったなと感じた。話している僕は当時の僕なのに、それを見ている僕はまた別人だった。そうなるとどっちが本当の僕かわからなくなる。と言っても人間の本質、話し方や態度なんて環境とコミュニティ毎に変わる。周りが変われば僕も変わる、ただそれだけのことなのに、懐古からか、僕は昔の僕に、あの頃の僕に戻りたかった。過去に戻りたいのは現状に満足していない証拠だった。

 

もう何も出来る気がしないのだ。理想への努力も、周囲への期待に応えるのも、最低限の求められる姿勢すらも、全てのやる気がブレーカーを落とし蝋燭の火が消えるようにゼロになった。今はただ、風に揺られるままの白い煙を上げて突っ立っている。少し突けば倒れる程の、それ程の頼りなさを自分で感じている。もう一度火が点くことはあるのだろうか。少なくともまわりが火を持ってきてくれることはなくて、己の心にある火種を大きくしていくしかない。火種が残っているかすら今の僕にはわからないが。

 

海の底にいる。陽の光が辛うじで届く、薄暗い海の底にいる。そこは穏やかで潮の流れもなく居心地がいい。陽を浴びようと水面まで上がろうとしても、力及ばず、居心地のいい底に戻ってしまう。泳ぐのは疲れるし、しんどいし、その先が今よりいい場所かわからない。それでも何度も浮上しようともがくのは、その水面の先を見てみたいから、陽の光を浴びたいからだ。「次こそはやってやる」と「次もダメかもしれない」の間で、上がるにつれて強くなる波に揉まれながら、「またダメだった」を繰り返しながら、浮上をする。何も出来る気がしないが、何かしなければならない。今の僕に残された道は、そんなトライ&エラーに耐えながら浮上することだけらしいのだ。生きることはなんと難しいことか。社会という海は想像以上に冷たく自分勝手だ。

 

「やれば出来る」という希望じゃない、「(程度はどうあれ)やったけど出来なかった」という事実の重りを抱えて水面を目指す。このまま水底にいたい、静かで穏やかな海の底で眠っていたい、朝が来て光が薄く差す度にそう思う。しかしそれではぼくは生き物ですらなくなってしまうと思うのだ。色を失くし海藻が絡む無機物になってしまうと思うのだ。僕は生き物でありたい。

何の役にも立たない僕へ

僕は冷めた人間だった。頭が特別よかった訳でもなく、運動が特別出来た訳でもなかった。言葉が知己に富んでいるとか、ユーモアに溢れているとか、そういうことは一切なかった。小学校を卒業して、自分という片鱗が少し見え隠れしてきた時期から、その時から僕は冷めた人間だった。生来からそういう人間だったのかもしれない。別に何かに全くの無気力ということでなくて、部活は一生懸命やっていたつもりだし勉強だって一生懸命して普通のラインを維持していた。それでも過去を振り返ってみて物足りなさを感じるのは、その一生懸命さが自分から生まれたものじゃないと、今になって考えるからだ。その一生懸命さが必要だと、今になって思うからだ。

 

自分から生まれる熱さ、情熱。それを持っている人とそうじゃない人の違いは高校位からはっきりしてくる。「こうなりたい」「あれをやりたい」、そういうビジョンを持っている人には情熱がある。僕にビジョンがなかったとは言わない。でもそれは自分から生まれたものではなくて、人に勧められたものだった。僕の中の情熱は、いつも人に点けてもらうものだった。僕が欲しいのは、いつだって情熱だった。この身体を突き動かす、熱く、猛る情熱。

 

何をするにも納得は必要だ。納得が力になる。自信の裏付けになる。情熱を求める今の僕にも納得がいるのだ。働く理由がいる。ひいては生きる理由がいる。その理由が見つかれば、夥しい程の面倒臭い障害も少しは軽くなるはずだ。意図のわからない説教も、関わりたくもない人間も、「あぁそういうものなんだ」と納得して進めるはずだ。間違えてはいけないのが、納得は許すことではないということ。事実は事実として受け入れ、それでも許せないことは、許せないこととして受け入れる。理不尽は許してはいけない。このことを忘れてはいけない。

 

情熱をエネルギーに、納得を持ち、理不尽を許さない。これをしばらくの目標にしよう。陽が長くなった。バスは揺れる。電車は来ない。風は湿気を運んでくるし野良猫は歩く僕をじっと見る。どうしようもない他人のことを考えるのはもうやめだ。どう見られようと、腫れ物扱いされようと、無能の烙印を押されようと、全ては結果で納得で受け入れるしかない。その納得の生活の中で、欠片でも情熱を見出せればそれでいいじゃないか。高望みをし過ぎたのだ。

 

叶うのなら、僕のこの愛すべき初夏の決意に靄をかける、邪魔なプライドを滅多刺しにしたい。

 

今週のお題「もしも魔法が使えたら」