Right to Light

陽に当たっていたい22歳

夏の恋を求めて

今日更新しないと死ぬ。というのはもちろん冗談で、だけどそれほどの衝動に駆られる夜がある。目的なんて何も無く、書きたいことがある訳でもなく、ただ今日を生きた痕跡を残す為にブログを書く。生を残さない日は死だ。そういう意味では、この1ヶ月は死んでいたのかもしれない。振り返れば為すべきこともなく、成したこともなく、ひたすらにやってくる日々に忙殺された1ヶ月だった。僕はこんな生活をするはずだったのだろうか。少なくとも今より希望に溢れていた数ヶ月前の僕は、今の僕を見てなんと言うだろうか。なんと思うだろうか。恐らく「お前また懲りずに善人面してんな」とか「お前なんて俺じゃねぇぜ、ケッ」とか愛想を尽かされ悪態を突かれるだろう。"忙中閑あり閑中忙あり"というが、"忙"しかない。自分と思考を殺される程の"忙"しかない。穏やかな心持ちになったことなど一時もない。夢見心地はおろか、夢すら見ない。"忙"しかない。何度でも言う。"忙"しかない。

 

恋がしたい。朝日と共に殺される日々を送るには、恋が必要だ。想いの強さが明日を生きる糧になる。小学生の様な気恥ずかしさと、中学生の様な落ち着きの無さを抱えながら、高校生の様な親しみやすさと大学生の様な穏やかさを持って恋をしたい。出来るならそこに大人の冷静さと真剣さを加えたい。そんな恋がしたい。するとまた数ヶ月前の僕は忙殺されリビングデッドと化した僕に言うだろう。「お前はまたそうやってしたいしたいが先行して願望に溺れていることに気付いていない」

 

まさしくその通りだ。

 

死臭漂う今の僕に、華やかな色はないのである。人生からもすっかり色は抜けきって、あるのは黒と灰色と白である。ならばその3色でとなんとか色彩を考えてみても、既にバグった脳みそにそんな高尚なセンスは一切なく、脳細胞は灰色はおろか黒く淀み、唯一の白にもところどころに染みがある。お世辞にも綺麗とは言えないライフキャンバスだ。

 

好きな人ができたところで、こんな腐りかけた腕では抱きしめることもできない。この僕に出来ることなど何一つない思いである。気付いてもらおうと好意をだだ漏れにしたり、振り向いてもらおうと躍起になったり、理想になろうと努力したり、恋の楽しみを得られるのは、全ては生きていればこそなのだ。右目が塞がったこの僕には到底叶わぬ話だ。生きていない。死んでいないだけで、生きていない。今の僕には資格すらない。

 

それでも僕は恋がしたい。染みを拭った白を以って、生き返らなければならない。誠実の中に身を置いて、正しさの白に個性の色を加えなければならない。過去には戻れない。かつてのようにはなれない。進化を以って過去を克服しなければならない。全ては恋をするために。身体を貫いた心臓の杭は、引き抜いて僕を殺した奴等に突き刺してやればいい。恋は正義だ。許される。

 

衝動を大事に、誠実さと冷たさを持って少しの復讐心を抱えて、僕は夏の恋を求める。