Right to Light

陽に当たっていたい22歳とその日

意味のわからない言葉の羅列

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今回かましていくのは!このカオス!このカオスはですね、かつて昔京都で起こった戦乱が元になっていた、とある伝記でございます。何はともあれ、今のこの時代に蘇ったこの伝家の宝刀を抜きまして、今日を綺麗にしめていきたいですね。このカオスの特徴としましては、まず第一に水であること。そして次に水であることですね。これはオーストラリアの人達に通ずるものがあると思います。そして最大の特徴といえば、やはり水であることですね!これらの特徴を生かして、ジワジワと、火中の焼豚を拾っていく訳です。

はい、辞めます。

意味のわからない言葉の羅列でさえ、考えないと書けない。意味のある言葉を使うことと同じくらい難しい、とふと思う。

何もないところから1を生み出すのは至難の技だ。そういうことをできる人が、センスがあるとか、才能があるというのだろうか。

ではトレースならどうか?今世間ではデザイナーの盗作がどうだと騒がれているが(唐突な時事)、トレースは何も面白みがない。既にあるものをトレースして自分のものとするのは、無駄なプロセスだ。わざわざ自分で模倣しなくても既にあるんだから。

だから僕はパッチワークをする。自分の好きな本、映画、音、話し方、動き、表情、仕草、憧れているものから嫌いなものまで、身の回りのありとあらゆる森羅万象を取り込んで、それをピースに繋ぎ合わせていく。できたパッチワークは煩雑でまさにカオス(まさかの回収)だけど、そこに一貫性が生まれていくと、それがよく言われる世界観とか個性になっていくのだと思っている。

だからどれだけ人に非難されようが、既に取り込んだピースは切り落とせないし(見ないようにはできるけど)、「ゴチャゴチャしていていいじゃないかそれが全てさ」なんて口ずさみたくなる。

人間ゴチャゴチャしていた方がいいのかもしれない。キッパリサッパリしている人は見ていて接していて気持ちいいけど、どこか人間味に欠けるような気がするし。日毎に生まれ変わって違う自分になるくらいの心持ち、掴み所はないけれど、自分の中心をしっかり据えている人、そういふ人に、わたしはなりたい。