Right to Light

陽に当たっていたい22歳とその日

友達ひゃくにんできるかな?

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どっかで聞いたことあるような言葉だけど、端的に表すには最適な言葉だ。そもそも友達ってどこからが友達なんだろう?挨拶する間柄?学校で一緒に行動する間柄?遊びに出掛ける間柄?

僕は「2人でいて気まずくない間柄」だと思う。

この「気まずくない」っていうのは、雰囲気ではなくて精神面のものだ。例え明るい会話が飛び交って沈黙が一切無かったとしても、僕が相手に対して「あ、こいつ俺に気を遣っているな」と思うとその時点でもうその人は友達ではない、と考える。

だから、「気まずくない間柄」、言い換えれば「気を遣わなくていい間柄」、「沈黙が苦しくない間柄」、ということになる。ここまで限定してくると、僕に友達が少ないのもなかなか納得できる。

でも逆に言えば、そういう友達が少ないからこそ、今居てくれる友達を大切にしようと思うのだ。食事の機会があれば進んでいくし、遊びに誘われれば駆けつける。本当に、こんな僕によく付き合ってくれると思う。ありがとう。それしか言葉が見つからないよ。

一方で!
友達が多い人を僕はあまり信用しない。
大抵そういう人は自分で「俺友達多いからさー」と言う。聞いてもいないのに。

仲のいい人がいる。僕は彼のことを友達だと思っているし一緒に居て実際楽しい。彼も僕のことを友達と思ってくれている。でも彼は友達が多い。彼自身もそう言っていたし、僕から見ても彼は知らない人とすぐ打ち解けられるみたいだ。僕はそうは出来ない。

だから寂しい。
一緒に居る時は平気だけど、彼が僕じゃない友達と仲良くしているのを見ると切なくなる。「君には友達がいるじゃないか。じゃあ僕は居なくてもいいだろう」。そんな不誠実極まりないことを考えてしまう。彼への申し訳なさと自身への腹立たしさでいっぱいだ。

そんなことをここ数年繰り替えしていたから(実際に言葉にはしていないが)、僕の周りには新しい友達と呼べる人は誰もいなかった。付き合いがあるのは旧友だけ。だからこそその旧友を大切にしていきたい。

新しい友達なんていらない。この長年の縁故さえあれば。頭では思うのは簡単だけど、その旧友たちは旧友たちで僕じゃない新しい友達を見つける。悲しいかな。これが諸行無常という奴か。いつまでも旧友にひっついているなということなのか。

なんか何が言いたいのかよくわからない文章になってしまったけど、なんでこんなこと書いているのかと言うと、今度「友達」とご飯を食べに行くのだ。複数で。

この「友達」が便宜上そう呼んでるだけの「友達」なのか、僕が考えている「友達」なのかは言わないけど、とにかく行かねばならない。楽しみと言えば楽しみだし面倒と言えば面倒だ。6:4で面倒の勝ちだ。

悪い奴らじゃないんだが、一緒にいて気まずい奴らではないんだが、「複数で」というとこが気にかかる。普段はお互いにサシでしか関わりがないからか、複数になると僕には見せない違った顔が見られるかもしれない。それがたまらなく嫌だったりするのだが。

まぁ楽しくないことはないと思う。だけど後味の良くないものは残ると思う。僕は友達100人なんてできそうもない。

それでもなんとか楽しんで行ってこよう。楽しみを持つことは、希望を持って生きることだ。